読書でも・・・というのが普通だが、私はあまり文学物を読もうという気にならない。おそらくは、小学校4年くらいまでの間に、少年少女文学全集全50巻を読破し、たぶん、古典的な文学作品を読み尽くしたことで、燃え尽きてしまったのだろうと思う。以来、科学物、SF物しか読まなくなってしまった。なので、逆に秋の夜長に、自分で書いてみるというのも一興かもしれないと、思いつくままに・・・・。
シャーロックホームズとワトソン君が現代にいたら、きっとするだろう会話とか・・・・。
ホームズはいつものように、パイプの煙をくゆらせながら、お気に入りの60インチテレビの前のロッキングチェアに座ってサッカーゲームを観戦している。そこへ、ホームズの蔵書を整理していたワトソンが本を数冊持って入ってきた。
「先生、この本ですが、最近ほとんど読まれていないようですから、書架から倉庫のほうに移してもよろしいですか?」
ホームズが振り向いて答える。
「ああ、そうだな、右手に持っているやつはおいといてくれないか。最近もう一度読み返してみようかと思っていたのだが、時間がなくてね。」
「あ、そうですか、ではこちらの2冊だけもって行きます。」
とワトソン。
「ワトソン君・・・」
と、ホームズは部屋を出て行こうとするワトソンを呼び止めた。
「どうだね、君も一休みして、ちょっとこのゲームを見ていかないか。」
ワトソンはちょっと考えてから、笑顔でホームズのほうに歩いてきた。
「そうですね、ではお言葉に甘えて一服させていただきましょう。」
ホームズはテレビの方を見ながら、独り言のようにつぶやいた。
「いや、実に興味深いのだよ、この対戦は。」
「おや、先生がサッカーを面白いなんて、珍しいですね。」
と、ワトソン。
「いや、このゲームの進行が実に興味深いのだよ、わかるかね。」
とホームズがにやりと笑う。
「先生、いきなりそんなこと言われても困りますよ。」
ワトソンが両手を広げて答える。
「見てみなさい。右サイドのチームは、さっきまであまり元気がなかった。得点でも1点負けているね。でも、今はどんどん攻め込んでいる。」
「なるほど、ゲームではちょっとしたことで状況が大きく変わりますからね。」
ワトソンはうなずきながら答える。
「ちょっとした、そうちょっとしたことだ。でも、それが重要なのだよ、ワトソン君」
ホームズが真顔になって言う。
「実は、ついさっき選手がひとり交代したんだ。フォワードの選手なのだがね。とたんにチーム全体の動きが見違えるほどよくなった。それが大きな謎なのだよ。」
「あ、いますよね、なんか、ムードメーカーみたいな選手が。」
とワトソン。
「いや、ムードが変わったのはたしかだが、何が違うのか、さっきからそれを考えていたのだよ。単に、この選手がムードメーカーである、というだけではない何かがあるような気がしてね。」
「というと?」
ワトソンはよくわからないな、という顔をして問い返す。
「このチームの監督はね、昔はそういう選手だった。とにかく攻め込む強気のフォワードだ。監督になった今もその気持ちは変わっていない。」
「そうですね、言われてみれば、このチームはいつも積極的に攻め込みますよね。」
「そうだ、でも今日は違ったのだよ。さっきまでは、逆に攻め込まれて防戦一方だった。監督は顔を真っ赤にして怒鳴ってたけどね。」
「へぇ、めずらしいこともあるもんですね。やっぱり交代前の選手が悪かったんですかね。」
ホームズは、パイプの煙をふーっと吐き出して一息ついてから言った。
「悪い選手じゃないんだ。ただ、ポジションがね。守備側に回るとすごい選手なんだが、今日は攻撃に使ってみよう、ということだったらしい。」
「なるほど、案外やってくれるかも・・・・という期待ですか。」
「たぶん、そうなんだろうと思う。でもね、ワトソン君、私の人生経験からすると、人間には攻め上手と守り上手の二種類がいるんだな。技量ではなく、性格的なものだ。これは、容易には変わらないのだよ。」
ホームズは大きなため息をつく。
「そんなもんですかねぇ。」
と、ワトソン。
「技はあるから卒なくこなしそうに思えるし、実際、短期的には問題ないかもしれない。だがね、それが逆に問題なのだよ。」
ホームズはちょっと遠い目で話している。
「うまくやっているように見えて、実はストレスがたまっている。うまくやろうと思うから余計にストレスがたまる。そして、やがて、それは無意識に周囲に伝わっていくのだろう。」
「つまり、知らず知らずに雰囲気が壊れていく、と?」
「そうだ。本人が隠そうとすればするほどね。そして、やがて本人も耐えられなくなってしまう。」
ホームズは一息ついて、さらに続ける。
「軍隊と警察の違いはなんだと思うかね、ワトソン君」
ワトソンはちょっと意表をつかれた顔をして、
「え、急になんですか?いきなりサッカーから軍隊ですか?」
「いや、これは大いに関係のあることなのだよ、ワトソン君」
ホームズはにやりと笑って続ける。
「スポーツは、いわば文化的に見れば戦争の代替みたいなものだ。オリンピックなんか、国家的に見れば戦争の代償行為に近いと思うのだよ。だから、スポーツチームは基本的には軍隊だ。」
ワトソンはちょっとあっけにとられている。
「つまり、守るだけでは消耗するだけだ。どこかで勝負に出て、攻めに転じないと絶対に勝てない。これは戦争もゲームも一緒だろう。」
ホームズはさらに続ける。
「警察というのはね、軍隊とは違って現状を守るのが仕事なのだよ。もちろん、先手を打たなければいけないときもあるが、多くの場合は何かが起こってから動く受身の存在だ。一方、軍隊は必要であれば自分から戦争を仕掛けることもできる。これは大きな違いだと思わないかね。ワトソン君。」
「たしかに、そう言われてみるとそうですね。」
とワトソン。
「まぁ、・・・」
ホームズはまたにやりと笑って
「中には、いつも押しかけてくる○×警部みたいのもいるがね。でも、彼は警察では例外中の例外だよ。」
「ですよね。」
ワトソンは、ふと、いつもの某警部の顔を思い浮かべる。たしかに、あの人はどちらかといえば、軍隊向きかもしれないな、とワトソンは思った。
「サッカーチームの中でも、守備陣はどちらかといえば警察に近い。自分から攻め込んでいくことは少ないが、攻める方法は熟知していて、それをうまく防いでいくのが仕事だ。一方で、攻撃陣はその逆で、いかに敵の防御をかいくぐるかを常に考えている。間にいるのが、攻撃側にうまくボールを出していくミッドフィールダーだ。これは、軍隊で言えば、後方支援にあたるな。前線に弾薬を供給する役目だ。」
ワトソンは感心したようにうなずいて言う。
「たしかに、そういわれるとそのとおりですね、先生」
「それぞれが、お互いの役割をわかっていて、それをこなすことを至上の喜びとしているようなチームが一番強い。もし、その中に、自分のポジションに疑問を感じたり、ストレスを感じたりする選手が混じっていたらどうなると思うね。」
「それだけで、チーム全体のリズムが狂うと・・・・いうことですね。」
ホームズは満足げに、うなずきながら
「そうだよ、それだ、ワトソン君。つまり、守りが得意な選手を、技量が高いからと言って無理に攻撃に回しても、全体のリズムが狂うだけで、決してプラスにはならない。逆もまたしかりだ。攻撃のリズムが狂うと、防御陣のリズムまで狂ってしまうし、互いに不信感も芽生えてくる、そうなるとチームはもう機能しない。一人を代えたことでこれだけ劇的にゲームが動くのは、たぶんそういうことなのだろう。特に、監督が攻撃的な人だけに、あの選手には辛かったんだろうと思うよ。彼が悪いわけじゃない、これは用兵の問題さ。監督もそれに気づいて交代させたんだろう。」
ワトソンは、これはなかなか奥が深いなと感心しているふりだ。
「私はどちらかと言えば守りがいいですね、攻めは先生にお任せして、本棚の整理に精を出すとしましょう。」
「もうひとつ付け加えるならば、」
ホームズは退散しようとするワトソンを引き止めるように続けた。
「監督もしかりだよ。今回は攻撃的な監督が弱気なフォワードにいらいらした格好だが、逆に、攻撃的な選手たちが守備的な監督にストレスをつのらせるなんてこともありそうだ。」
「それは、さっきの私の言葉へのお叱りでしょうか?」
ワトソンは肩をすくめ、ホームズはまたにやりと笑う。
「いや、君はよくやってくれているよ。僕がちらかしたあとをきちんと片付けてくれるのには、いつも感謝しているのだから。」
「そういっていただくと安心しますよ。さて、では失礼して仕事に戻ります。」
「ああ、よろしくたのむよ。」
ワトソンは部屋を出て行き、ホームズはまた興味深げにゲームに見入るのであった。
・・・なんちゃって。 お・し・ま・い。