今日は朝から暑いと思ったら、某所じゃ36度もあったらしい・・・。
6月だというのに、これじゃ、夏本番が思いやられるなぁ。
今夜も熱帯夜・・・。エアコンかけっぱなしは体に悪いとはいえ、切ったら暑くて寝られないし・・・・はぁ
今日は朝から暑いと思ったら、某所じゃ36度もあったらしい・・・。
6月だというのに、これじゃ、夏本番が思いやられるなぁ。
今夜も熱帯夜・・・。エアコンかけっぱなしは体に悪いとはいえ、切ったら暑くて寝られないし・・・・はぁ
久々にいい天気。でも、暑くなりそうだなぁ。
出張やらなにやらでたまった洗濯と部屋の掃除・・・・はぁ、天気に浮かれてる時間はなさそう。(笑)
帰ってきたら、やっぱりこっちでも大騒ぎになってるなぁ。しかし、「ウイルス」というかたぶんトロイの木馬なんだろうけど、ピンポイントでここの会社を狙って作ったものだったら、恐れていたことが起きた・・・って感じがするなぁ。
これも、不正使用がバレたから発見されたものの、もし、こうしたきっかけがなかったら・・・と思うとちょっと寒い話。みんな、自分の会社の中にこういう虫がいないか、真剣に調べた方がいいと思うよね。去年、たまたまこんな記事をたのまれて書いたけど、実際、こんなことがあるんじゃないだろうかと思っていたことが現実になったと思うと、あらためて怖い感じがする。
この手合いはたぶん、ウイルス対策ソフトでは見つからないだろうから、通信でもモニタリングしてるしか発見の方法はないかもしれない。特に、重要な情報を扱っている会社は用心すべきだと思う。
#はぁ、それにしてもしばらくは、カードの利用履歴から目がはなせないなぁ。
#米国内でカードを使いまくってる私・・・
そろそろ時差ぼけがとれてきたのか、昨夜は熟睡・・・・。もう遅いってのに・・・(苦笑)
今朝は、快晴とまではいかないものの、結構いいお天気。ひと風呂浴びて、ホテルのただ飯朝食を食って、さてそろそろ荷造り、というところ。TVのニュースじゃ、Master Card の個人情報ハッキング事件が報道されてる。しばらくはカードの請求書に注意しなくては・・・。クレジットカードはまだいいにしろ、デビットカードはちょっと怖いよねぇ。Identity theft はこちらのセキュリティ界でも大きな問題になってるけど、電子化が進めば進むほど、こうした問題は大きくなりそう。NetSecのキーノートで、Wallstreet Journal のコラムニストが言ってたけど、セキュリティは素人に優しいものじゃないといけないし、複雑なセキュリティはかえって素人ユーザの混乱を招いてセキュリティを危うくするってのはそのとおりだと思う。さりとて、そういう対策はなかなか難しいのがジレンマなところ。
さて、飛行機の時間まではまだ少し時間があるから、近所の Fry's でも冷やかしてから帰ろうかな。
水曜の夕方にサンフランシスコへ移動したら、気温の落差にびっくり。アリゾナ気分の半そでで空港に降りたとたんに震え上がった。この季節は、だいたい到着した時のように気持ちのいい晴天なのだが、木曜日は雨・・・。こちらの人たちに言わせると、まったく「異常」とのこと。今日はいくぶん気温もあがり、天気も回復してきたが、まだ「カリフォルニアの青い空」には程遠いかもしれない。
とりあえず、昨日、今日とシリコンバレー近辺のベンチャー企業や取引先を訪問して、全日程を終了。あとは、晩飯を食ってビールでも飲んで、寝て、帰るだけ・・・。あ、おっと、出張報告書かなくちゃ・・・・・。はぁ、これが大変かも・・・・
初日は結構眠れたのに、2日目の夜は2時ごろから熟睡できず・・・。この状態で、英語のコンファレンスセッションは結構きついかも・・・。6時ごろからひと風呂あびて、これから朝食。朝のキーノートから、午前2セッション、午後2セッションは結構ハード。
窓の外ではサボテンが朝日を浴びてる。今日も外は暑そうだ・・・
フェニックスに到着。この空港の周辺はいつも気流がわるいようで、毎回ひどく揺れる。NetSec会場のホテル The Phoenician に入り、レジストレーションをすませる。フェニックスは、これまで、America Westで移動した際に経由地として空港に3回ほど降りたのみなので、街にでたのは初めて。しかし、「砂漠」だ。なにもないぞ~。ホテルの裏山はサボテンだらけの岩山。でも、ホテルは快適。砂漠の中のオアシスをイメージしたようなリゾートホテル。NetSec特価でとまれるのだけど、普通にとまったら結構するんだろうなぁ・・・。とりあえず、今日はゆっくりして、明日からのコンファレンスに備えよう。
なにがなんだかわからないうちに過ぎ去った一週間・・・
日曜の朝に突然の電話でたたき起こされて知った、父の突然の死。
朝、起きて新聞を取りに行き、寝床に戻って30分後に母が呼びに行った時には既にこときれていたらしい。
5月の連休に戻ったときは、まだ何年も生きていそうに思ったし、近所の人たちも皆口をそろえてそういうあまりに突然の別れだった。
それからは、怒濤のように様々な事が流れていき、我に返った時には父は骨となって家の小さな祭壇に安置されていた。
まるで狐につままれたような数日・・・。いつかは来ると思っていた日だが、あまりに早すぎて・・・・
家に駆けつけてくれた親戚、ご近所さん、お通夜や葬儀に来てくれた人たちの暖かさが心に残った一週間だった。